第1章 ワーカホリックで休職から「生きたい自分」へ

母の内職を手伝った少女時代

父が帰ってこなくなったのは、わたしが
小学校5年生くらいの頃でした。
その頃、母が内職を始めました。
 
4人きょうだいの一番上だったわたしは、
毎晩母の内職を手伝っていました。
夜はザ・ベストテンを見ながら母が縫ったネ
クタイを1本1本裏返し、アイロンをかけ…
 
母は「茂美ちゃん、紅茶を入れてちょうだい」
とよく言いましたが、当時のわたし達はお湯
に砂糖を溶かしたものを「紅茶」と呼んでい
ました。
 
わたしが中学に上がる頃に母はスナックを開
き、それからは飲めなかったお酒を飲んで深
夜に帰宅するようになりました。

口を開けばグチばかり。
「こんなはずじゃなかった」とか、
「4人も育てるのは大変だ」とか、

そんなことを時には泣きながら話す母に対し
て、家事を任されていたわたしは

「私だって勉強もしたいし友だちと遊んで
帰ったりしたいのに…」と反発を覚えたりし
ました。
 
そんな少女時代を過ごした私は、
 
「結婚なんて必要ない!」「女も男性に頼ら
ずにバリバリ働かないと」と強く思うように
なり、
 
「寝る時間以外は仕事をしている」ような
生活を始めます。

仕事命!の代償は…

1日12時間は当たり前、寝る間もほとんどな
く働く生活を続けた結果、

25歳で腰椎椎間板ヘルニアを発症し通院。
それでも変わらないペースで仕事を続け、
結局入院。
 
その後のリハビリも含め1年半休職する羽目
に (笑)
 
35歳で転職しますが、そこでもヘルニアを
再発し3ヶ月の休職。
 
そして43歳の時にはついにメンタルで9ヶ月
の休職。
 
ここでやっと、自分の働き方、今後のキャ
リアを考えました。
 
復職する時期に経営が大きく変わり、先輩や
尊敬する上司が次々に退職して行ったことも
あって、キャリアチェンジを考えます。

わたしは何をする人で生きていきたいか?

これがラストのキャリアチェンジ。自分は何
を生業にしてこれから生きて行こうか…

これが自分に発した問い。

そして浮かんだのが、シングルママのサポー
トをしたい。ということでした。

そこで、まずは「お金に強くなろう」と考え
金融業界未経験でファイナンシャルプランナ
ーを取得。
 
その後キャリアカウンセラーを取得。
(この経緯は次回)
 
「生きたい自分」を生きるためにキャリアと
マネーをデザインする!をコンセプトに起業
しました。
 
 
ファイナンシャルプランナーになって最初に
思ったことは、「あの時にもっとお金の知識
があったら…」ということでした。
 
聞いてみると、子どもの教育費と日々の生活
費で貯金は0。
 
「だって早死に家系だからこんなに長生きす
ると思ってなかったもの」と国民年金保険料
をほとんど払っておらず、
 
受給権も手放し無年金。借金で家も手放し
公団暮らし。
だったんです。

そこからわたしは、
「女性はもっとお金に賢くならないといけな
い」と強く思うようになりました。

お金に賢くなることは「生きたい自分」を生きること

いまと将来を幸せにするお金の貯め方・使い方
を知ってもらおうと、
 
起業から2年間で、月間130時間のお金のコンサ
ルティングを行い、4億8千万円のキャッシュを
生み出しました。
 
マネーデザイン教室を開設し、お金を通じて自
身の大事にしたいこと・もの・人を考えるレッ
スンを行い、20名の生徒が通ってくださいまし
た。
 
生徒さんは全員、3ヶ月以内に赤字解消! お金
の貯まる「家計」に改善。

さらに、生徒さんの半分は30〜40代のシングル
女子だったのが、1年後にはその半数が結婚や
妊娠の報告をしてくださいました。
 
自分のキャリア=生き方・働き方を考える上で、
お金の不安をなくしておくことは本当に大事!
とさらに確信するようになったのでした。

では、そんな私がなぜMOJIトレを手渡すことに
なったのか?

続きは次回のブログで。

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